昭和47年4月18日 月次祭 
                                中村良一



我情我欲を離れて、真の道を知れよと。真の道というものが、いかに説かれ、これが真の道だと教えていただきましても、えー、その真の道を踏まなければ分からんのも同じでございます。そういう、真の道を分からしてもらうという事のために、んー、我情我欲を離せと仰せられます。我情我欲を離れると、真の道が分かるとです。ね。疑いを離れて広き真の道を、おー、開いてみよと。わが身は神徳の中に生かされてあると。真の道を分からせていただくと、そこには、神徳の世界がある。神様のお懐の中に、真実抱きかかえられておる事実を知る事が出来る。ね、そのためには、どうしても、いわゆる、我情我欲を離れて、真の道を知らなければいけん。だから、我情我欲を離れずして、真の道を聞いた。真の道とは、こんな道だと言うても、それはもう、空論にしか過ぎません。
私は今日、あるお書物を読ませていただいておりましたが、実にすばらしいことが書いてある。「どんなに難儀にあっても、それを克服していけ、辛抱していけ、自殺なんかしてはいけないぞ」と。「その先に、光明があるんだ。明るいところへ出ることが出来るんだ」という意味のことを、もう実にその、詳しく書いてある。ね。けれどもその、おー、何故、私共がね、そういう辛抱をしなければならないか、または、難儀なところを元気な心で、突き進んでいかなければ、あー、本当のところへ出ることは出来ないのだという事は、全然説いてないです。私は、合楽では、ここのところをね、教えていただくんだと思うんです。私は、それを今日は痛感しました。と言うて、ほんならここで、えー、真の道に出るためには、我情我欲を離れなければならない。その我情我欲を、ほんなら、離れるためには、どういう信心があるわけなのか、ね。そこでその、我情我欲を離れることの道を、また、稽古させて貰う。そこに初めて、えー、真の道、いわゆる、わが身は神徳の中に生かされてあるという事実を、おー、自分が、あー、いうなら、あー、身を、心をもって体験する。いわゆる、体認していくことが出来る。認めていくことが出来る。それは、どういう事かと言うと、今朝からも頂きますように、教祖金光大神様という方は、そういう道を行じられて、そして、そういうおかげの世界、いわゆる、わが身は神徳の中に生かされてある。そういう世界に住まわれた。ね。そういう、いわば、体験者であり、ね。いわゆる、体認者である。此の方のことを、生神、生神というが、ね。みんなもこのようにおかげが受けられると。みんなも、神様の氏子としての、内容を持っているのであるから、ね。此の方が、おかげの受け初めであって、みんなも、このようなおかげが受けられるという事をです。生神への道をご自身が歩かれて、後にも先にも聞いたこともなかった生神の境地を開かれる、いわゆる、わが身は神徳の中に生かされてある。いわゆる、天、地、人というか、一序のような世界を、ね。天地金乃神様からも、ね。此の方金光大神は神からの恩人とも仰せられ、天地金乃神と同根というところまでも、お進みになられた。ね。ご自身が、そういうところへお進みになられたから、ご自身が、こういうおかげを受けられたから、それを話にして残しておくと仰る。だから、実証があるわけです。ね。それを、私共は、先ず、感謝しなければならない。どんなに愛の心を説いても、慈悲の心を説かせて頂いても、ね。私は今日、只今申しますご本を読まして、仏教の本なんですけれども、お釈迦様のことが詳しく書いてあった。当時のインドで、言われておるところの、神々を求めて、えー、山に入られた。六年間修行された。あらゆる、いわゆる、あらゆる艱難苦労をなさった。どうしても、自分の心が開けないところから、もう、神はこの世にはないとされた。ね。それから、里に下りられて、えー、一杯の牛乳に生を受けられて、ね。若い娘の奉仕を受けられたと。そこから、今まで着いてきておった五人の弟子達が、もう、たまがってしまって、えー、その師匠、釈尊の下を離れた。それから、菩提樹の下に座って悟りを開かれた。神はない。そのインドで言う神なんです。そして、助かるという事は、自分の心の中にあるものであって、ね。これは、周囲から吸収するものの何者でもない。自分の心が自分で助かっていく以外にはないと。まあ、その辺の所は、よく言うならば、あー、金光大神の境地によく似ておるけれどもです。結果が、全然違っておるということです。私は、それは、そこんところを読ませていただいて、なるほど、金光大神の、おー、信心というものがです。ね。あらゆる、過去において、偉大な宗教家も出た。偉大な宗教もあるけれども、これは、本気で金光大神の道という事を、全世界に広げて、ね。いよいよ、本当の意味においての宗教革命というものがなされなければ、如何に自分の心のなかに、慈悲の心があっても、例えば、キリスト教が、キリストが言っておる、愛の心があっても、自分自身が、張り付け台の上に上がらなければならないようなことで、おかげの頂けるはずはなかです。私は、そのところが合点がいかん。と言うて今朝からお話した。お釈迦様の本も、今日、私、そこんところを読ませていただいてです。それから何年後に、お釈迦様の王国がつぶれておる。親も、家内も、子供も、いわば、没落してしまっておる。ただ、ご自分ひとりが、あー、菩提樹の下で、ま、悟りを開かれた。その、悟りを開かれたお話の全てが、経文である。それが、御理解である。それが、今日、もう実に、いわゆる、心理をうがったというか、ね。法則に則したお話であると。もう、沢山なお話をなさった。それが、今日の仏教で、様々な、それから沢山なお弟子達が出来て、それを纏めたり、いー、分類したり、私はこういう話を聞いたおった。私はこういう話を聞いておったというようなものを集めてから、あの、膨大な(ぼつだいな?)、あー、教典、経文が出来たと、こういうことである。だから、その話も、実に見事だけれどもです。ほんなら、ご自分の家内ですら、親ですら、子供ですら助け得られなかったというところなんです。菩提樹の下で、ただ自分で、神はない。ただ、自分の心の中にある、いうなら、神を念ずる以外にはない。そこに自分の、だから、自分自身が助かると言うことだけしか出来なかったと言うておられる。ね。だから、ほんなら経文の中の沢山の経文の、いうなら、真宗、仏教なんかでもそうでしょう。ね。いわゆる、うー、ね。南無阿弥陀仏を言うておれば、それは、非人でも、乞食でも、ね。いうならば、どういう階級の人間でも、南無阿弥陀仏を言えば、あの世では助かることが出来るんだと説いたんです。この世で助かるとは説かなかった。けれども、やはり、溺れるものは藁をもつかむ。本当に、自分たちは、こういう浅ましい仕事をしとるから、もう、あの世では助かられんと思うとったが、親鸞上人様出現によって、南無阿弥陀仏によって助かることが出来るというから、もうそれこそ、そういう階級の下の人ほど、もうそれこそ、見事なご仏壇を拝んだりするような、慣わしが出来てきた。もう、この世では仕方がない。もう、家はもう、あばら家でも、それこそ中には、金ピカピカのお仏壇が拝んであるというのが真宗です。ね。金光大神の場合はね。私は、そこんところがね、ご自身が、それを実証されたということ。なら、我情我欲を離れると。いかにも難しい。けれども、わが身は神徳の中に生かされてある喜びを、体認することが出来るんだと。ね。そして、それを、ほんなら、そう、それを行じていく人の上に、なるほど、わが身は神徳の中に生かされてあるという喜び。神徳の中に、それはもう言うならば、百味の御食的なおかげというのがある。ね。現世において、そういうおかげが受けられるという事を、身をもって体認し、それを話にして残しておって下さった。ね。そこでほんなら、本気で一つ、我情我欲を離そう、なるほど、人間が、我情我欲を取ったら、もう良かろばってん。そんなわけにいかんとこう、みんなが思うておるから、我情我欲を離すことに取り組まない。私も、最近、それをね、痛感するんですけれども、いま、合楽で言われておる、黙って治めるということ。信心の土台という事は無口ということ。無口になるということ。お説教がましいことを言わんで良いということ。ね。そこにはね、それこそ、千万言をもってするよりも素晴らしいおかげが受けられる。黙って、例えば、治めるという事の素晴らしいことが。ね。黙することは、百例の響きにも匹敵するというほどしのところを、今、合楽の方たちは、一生懸命稽古をしておる。そして、なるほど、黙って治めるという事は素晴らしいことだという事になってきた。昨日、最後の、塩田さんが、お参りされてから、今度、あそこは田んぼを売られてから、今度、あちらへ家が建ちます。ね。その、私は、おかげを頂いておられる姿というか、大工さんが見えて、そのどこどこ、あっちこっちまいってから、ようとお尋ねしてください。建てるから、後で家相が悪かったなんて言われては困るから、ようと、あっちこっち参って下さいち言うちから言うた。それで、倉庫でん何でん、あの、西側に建てるほうが良かったばってん、東側に建てるごと設計にしてあった。けれども、繁雄さんが言われた。もう、私のほうには、家相は決して言わん。もう、天地の親神様の、おー、その、御地内に建てさせていただく、お取次ぎを頂いてお願いをしてあるのだから、もう、西のほうが使い勝手が良かなら西のほうに、便所でん、かまどでん、どこでん使い勝手の良いように、あーたが良かーごつ設計して下さいち。もう、そげなこつは初めて聞いたち言うてから、大工さんが喜んだ。そげな教えがあるかと言うてびっくりした。というほどしにです。ね。まだ、何年かお参りされて頂いておるうちに、自分の心のなかに、そういう、すっきりしたものを頂いておられる。ところが、昨日、一昨日、そんな訳で、田んぼを売ったが、沢山な金が入ってきた。だから、普請を思い立った。ところが、その村内で、ちょっと飲み事があったもんですからね。その飲み事で、ちっとばっかり、その酩酊して帰ってきた。ちょっと何か気に入らん事があったものだから、家内に、「あん金ば出せ」ち言うた。「おらもう、今から飲み行く」ち。さあー、そっで、家族中のものが、じっちゃんも出てくりゃ、嫁ごも、子供たちまでもが、「父ちゃん、そげなこつ言わんで治まらんの、治まらんの」ち言うばってん。くうくやって、その、やるわけです。ね。そこで、おばあちゃんが、それこそ、静かに御神前に進んで、御祈念を始められた。そしたら初めの間、「ばばしゃん、あんたが幾ら金光さんおごだっちゃ、私は行くばの」ち言うちから、言いよったげなけど、いつの間にか、段々、声色がね、その、おとなーしゅなってから、御祈念終わった時には、寝てしもうとったというのです。「もう親先生、黙って治めるということの素晴らしいこと。」じっちゃんが言いよりました、嫁ごが言いよりましたけれども、これには、わざと、尚でん行くち言うてこう言いよったつがです。ね。私が、御祈念を初めさせて頂いたら、ね。「ばばしゃまが、幾ら金光様おごだっちゃ、私は行く」ち言いよったつが、ちゃんとおかげ頂いて治まってしもうたと言うて言うておられます。ね。そういう、例えば、本当に、言わずに言うて聞かせるじゃなくて、黙って祈るということの素晴らしいことを、今、体認さしてもらいよる。体験さしてもらいよる、みんな。ね。一時ばっかり、言わんと辛抱しとったら、もう、直ぐおかげを頂いたということではない。ね。めのめぐさにそのようにおかげを受ける事もあるけれども、ある一つの、大きな願いなら願いが成就することのためには、それは、三年かかるやら、五年かかるやら分からんのである。けれども、やはり、黙することをもって、黙って信心に成って行くということだけに、一生懸命になるということが信心だと。これが昨日の御理解だったですよね。そこでです、なら、我情我欲を離れるという事は、自分の思いを捨てるということ。ね。我欲という事は、勿論、あれも欲しい、これも欲しいというのが我欲である。あるが上にも、まあだ欲しいというのが我欲である。そういう欲がです。人間についておる。あるものをです、外すという事は大変な難しいことである、なるほど。ね。今朝からも、私がお話をするように、もう、「泥棒ぐらいね、分方の悪か商売はなかげなばの」ち。泥棒で、儲け出たち言う奴がおらん。(はっは)それこそ、日本一の石川五右衛門でん、鼠小僧次郎吉ち言うごたるとでん。結果はどうだったかち。そして、後に財産が、こう残っとったち言うこつもなかった。だから、こげん分方の悪か話はなかち。これは、泥棒だけのことじゃありません。もう、道に叶わんことで、一時でん、人よりか、かき分けっでん、押しのけっでん、はよ、儲けだそう、はよ、楽になろうというようなことで、由、なったかのように見えるけれども、後で引かれるから同じこつです。ね。そこで、私共が、早く、真の信心を分からしてもらい、真の道を分からしてもらい。ね。我情我欲を離れて、真の道を知れよと。真の道ということを話を聞けば、ね。誰でも分かるのです。ははあ、そげんとが真の道ばいのと、分かるのだけれど、ね。分かっただけではおかげにならんのである。その真の道を行じなければ、しかもね、本当に、自分の心で分かるということは、頭で分かるのではない。心で分かるという事は、ね。我情我欲を離れなければ、真の道は分からんと言うておられる。そこで、ほんなら、我情我欲という事を離して、自分の思いを捨てるということは、もう、こんなに楽なことはないですね。ああ、あげんありゃ良いのに、ああすりゃ良いのに。もう、人の、ああすりゃ良いのが、もう、目に付いて応えん。そういうのが無くなるんですから、もう実に楽です。もう、出たとこ勝負。その場、その場が有難いという境地なんですから。我情というのは。自分の思いを捨てるということ。息子が、あげんありゃ良いけれど。家の主人が、ああ、あってくれると良いけれど。家の嫁ごが、まちっと気の利くとよかばってんという思いが、全然無くなるっちゃもん。気の利かんなら、気の利かんなり、そこに、有難いものを分からして頂くところの信心が、我情我欲を離れた人の姿なのです。私は、これを最近の、黙って治めるということからですね。今の合楽で最高の信心がという、私は言っております。黙って治めるということ。ところがこの、黙って治めることの体験と言うか、体認言うか。この信心修行からです。必ず、自然に、我情が離れてくる、我欲が離れてくるという事を、今日は、切実に感じました。これは難しいことじゃないです。自然と我情が、色々自分で思い煩うことが馬鹿らしくなってくるです。これは、黙って治めるという修行が出来てきたら。ね。だから、今日は、ほんなら、我情我欲を離れることによっての、真の道が分かるのだ。ほんなら、我情我欲を離すという事は、そら、なかなか難しいことなんだけれども、今、合楽で、信心辛抱と、その信心辛抱の対象をです。黙って治めるというところに焦点を置いて、日々、信心の稽古をさして頂いておる。その、黙って治めるということのです。素晴らしいことの答えがです、ははあ、こげんとが我情ば捨てるとばいな、我欲を捨てるとばいなと分からして頂く。そこから、はっきり、真の道が分かってくる。はっきり、心で分かってくるのですから、もう、身体全体で分かってくるのですから、この真の道を歩かなければ馬鹿らしいことになってくるのです。ね。若先生が最近言ってますように、お互いが、心の確認から先ずと言っております。ね。心の確認というのは、本当に心があるんだと。しかも、人間の幸せは、この心次第だと言うことが、分かれば分かるほどです。この心を尊ばなければおられない、大事にしなければおられない。汚れとるなら清めもしなければならない。曲がっとるなら、まっすぐもしなければおられないのが、心の確認者の、私は、あー、だけが分かるところの境地だとこう思うです。心の確認が、なかなか出来ていないと。我情我欲を離れると。そこに、はっきりしてくるのが真の道である。ね。それを教祖金光大神が実証された。しかも、二代金光様、三代金光様、そして、現、四代様とがです、その事を受けに受け継がれて、今日のような金光教があるのである。とりわけ、私共に縁の一番深い、三代金光様、三代金光様が、ね。御歳わずか十三歳、数えの十四歳、七十年間という永い間を一日のごとく務め上げられた。大したことだ。ね。ただ、座っておれば楽だと言われたから、座っておったけれども、ね。初めの間は、辛うて、辛うて、よう泣いたと仰せられた。そらそうでしょう、十三歳ぐらいじゃけ、朝の四時から、引けの四時、五時までお座りになっとらならんのですから。ね。初めから、ああいう、生神様のようなご修行がおできになられたのではなかった。やはり、遊び盛りのお子さんであった。ね。そういう、例えば、一夜をかけて、そういう修行を、ね。なさって、なさってほんなら、どういう答えが出てきておるかという。それを、三代金光様は実証して見せて下さった。ね。それを、なら、お言葉の中に、初めの間は、辛うて、辛うて、よう泣きましたが、ね。親様が座っておれば楽じゃと仰せられるから、泣く泣く辛抱しいしいに、辛抱させていただいておりましたら、思うこともなくなり、ね。考えることもなくなり、欲しいものもなくなり、と、仰せられております。ね。全く、我情我欲を離れられたお姿であります。ね。そこからです、ね。有り難うて、有り難うてと、もう信心も出来んのに、このようなおかげを頂いてと。おかげの実証が、はっきり分かってきとる。それを、私共が認めんわけにはいけんのです。ね。もうあーた、今朝から、キリスト教と仏教が、まるきり仇のごとある感じで、けれどもね、そうじゃないんです。本当に、金光様のご信心の素晴らしいこと。教祖金光大神がその、体認者であり、実証者である。証を立てて見せてくださった。みんなも生神になれるんだ。その生神への道を、私共が、その生神とまでは行かなくても、その道をたどるということによってです。私共が、おかげが受けられる道をです。ね。歴代金光様は、実証して見せて下さった。証を立てて下さった。ね。それを、ほんなら、ひた受けに受けさせていただいて、三代金光様が、二十年前に、ね。私に対して、「御道の教師としておかげを受けたが結構です」という、そのお言葉あったればこそ、今日の合楽があるのである。永年、様々な難儀な問題、もう、本当に、もう、金光教じゃなくても、○○教だって良いじゃないかと、言われる時代もあったけれども、ただ、金光様の、そのお言葉があった事によって、私の信心は、それこそ、泣く泣く辛抱に辛抱しぬかせて頂けたのも、そういう、実証、教祖様が実証してくださった。三代金光様が、自分が身をもって示して下さった、その実証があるからこそ、着いていけたんだ。自分自身がおかげ頂かずして、「おかげになるがの、おかげになるがの」ち言うたって、とてもそれは着いちゃいけません。私は、本当に、仏教やら、キリスト教の人たちはえらいと思う。その実証もないのに着いて行くというのですから。だから、本当の芯からの助かりじゃなかじゃろねと言うて、今日は、高橋さんと二人で、今朝から、その事を話しました。ね。真宗で、例えば、おかげ、ご利益なんか言うたら、もう、まるきり邪教のように言う。おかしな話だと。(はっは)そういうおかげを現しうる、根本的なものがないのだ。ね。なら、金光教でも、おかげが欲しい、ご利益が欲しいじゃないけれどもです。教祖金光大神が生神へ向かって進まれる信心過程にです、おかげというものは、要らんと言うても着いてくるのが信心なのだ、金光様のご信心は。私だって同じ事なのだ。ね。そういう、例えば、おかげの実証というもの、それは、御道の信心の証なんだ。ね。そこでお互いが、やはり、どうしても真の道を知らなければならん。それには、我情我欲を離れなければならぬ。そして、我情を離すということが、こんなにも楽なかとがある。我欲を離すということが、こんなにも楽なことかと。さあ今まで、十銭で売りよったとが、十一銭で売るとがおかげんごと思うとった。私もそげん、私の商売人時代は、そうやった。人が五円で売る酒を、私は、五円五十銭で、絶対、五円五十銭、人よりか五十銭高こう売るとがおかげと思うとった。ほんとそうでした。ね。ですから、教祖の御教えを、人が十銭で売るならば、八銭と仰る。そこんところを実行さして、目先を二銭損のようだけれども、ね。教祖の御教えを行ずるということが、そのまま、次のおかげに、次のおかげ、特に、力に繋がるのです。そこにはです、ね。とても、二銭損したとか、沢山売れるというぐらいのことじゃなくて、もう、それこそ、あれよあれよというようなおかげが伴う事になってるのが、金光様の信心の、いうならば、おかげのシステムなのだ。ね。だから、そこんところをお互いが体験、覚えさせてもろうて、ね。本気で、例えば、現在、私が言っておるところの、無口で治めるということ。ね。もう、黙ってさえおりゃ良いと。私が馬鹿になっとりさえおりゃ良いというのじゃなくて、その心を、神様に向けて進ませていただくというところからです。私が、今日思わせていただくことは、ははー、こういう信心さしてもらいよれば、自然と我情が離れてくるの我欲が離れてくるのは、いや、我情を言いよっておっては、我欲を言いよっては馬鹿らしかと言うことになってくるとじゃもん。心の確認が、いよいよ出来てくるから。その心を、いよいよ、尊ばせてもらう、ね。大事にしなければおられなくなってくる。ね。我情我欲を離れるという事は難しいごたるけれども、離れるために、今日、合楽で言われておるところの、信心修行に、それこそ信心辛抱、ここが辛抱のしどころという信心辛抱をさしていただいてです。我情が蔭を薄くなって行く。ね。我慾を言わんで済むようになる。ね。それこそ、どうなったちゃ良かと言う、どうでも良いという気持ちなんです。ここは。そこんところまでは、お釈迦様でも、あのキリストでも説いてあるです、やっぱり。ね。どうでも良いという境地なんだ。ところが、どうでも良いのである。張り付けになったり、ね。お家が焼け、あの、没落してしまって、家内も子供も死んでしもうたりとか。ただ、自分一人だけが、菩提樹の下で悟りを開いたち言うだけの事。その悟りを開いてからのお話が、素晴らしかったというだけの事。ね。だから、どうでも良いという境地がです。芯に、金光大神の御教えによって、これが開けた時にはです。もう、それは、日勝り、月勝り、年勝り、代勝りのおかげが約束されるのが金光教なんです。ね。此の方生神金光大神は、家繁盛、子孫繁盛の道を教えると仰る。その、だから、道を習わずして、金光様の信心が何十年続いておったっちゃ駄目だて。ね。ですから、そういう、生き生きとしたです。信仰体験を、日々、自分の心の上にも、自分の周囲にも、頂きながら、それを現しながら行くのですから、なるほど信心修行は厳しいようだけれども、また楽しい、有難いという事を、今朝のご理解には説きました。ね。ですから、みなさん、本当に我情、ね。我慾を離れた、いわば、どうでも良いという世界に住むということ。ここんところがね。金光教の信心が、全然違うところなんだ。そういう境地を開くところは、幾らもある。それが、人間が助かった姿だと。ね。そういう姿がです、教祖の教えに基づいて、そういう境地が開けた時には、これはもう、要らんち言うたっちゃ着いてくるのがおかげなのだ。ところが、他の宗教、宗派には着いちゃ来んじゃないですか。ね。そこにです、私は、金光教の信心を頂いておるという事を、先ず、有難いと感謝さして貰うて、そして、そういう道を、私共が、ね。体認さしてもらって、ね。行ずる事によって、どうでしょう皆さん。本当に、どうでも良いという気持ちが開けたら、こげな楽なことはないです。しかもね、その、どうでも良いという心には、おかげは、それこそ、要らんと言うても着いてくるというのじゃから。それを、教祖金光大神は、身をもって現された。私共が、一番身近に感じるところの、三代金光様は、ね。それを成し遂げられたお方であった。それを、まあ、真似方のようではあるけれども、小さい見本ではあるけれども、私自身が、現在、今日こうして現しておるということなんです。ね。実証があるんだから、こげん間違いのないという事はない。こういう思い方になって、こういういき方になり、こういう信心になりゃ、こうなれるというです。ね。だから、金光様んごとならんでん良か、親先生のごとならんでん良かち言うたら、もう、金光様の信心はないです。それは、なりはすまいけれども、そうなろうという姿勢だけは作らなければならぬ。ね。そこから、生まれてくるのが、生き生きとした修行である。
いよいよ、明日は、前夜祭。春の御大祭、ね。そして、えー、翌日は、また、後片付けと、ね。まあ、大掃除から、昨日、一昨日から始まってますよね。本当に、私共がね、なるほど、ご事情もありましょう。店の都合もありましょう。ね。けれども、こういうこと、神様ごとに限ってだけでもです。一つ、我情を捨ててみるという稽古。本気で我慾を捨ててみるという、私は、修行がです。なされる良いチャンスを与えられておるということ。ね。御大祭にはね。えー、「お前達は一生懸命仕事しよれ。俺だけ参ってくる」きんなんてんち意うような、けちな事は言わずにね、もう、それこそ、年に一回の春の御大祭に、一家を挙げて、それこそ我情を捨て我慾を捨てて、お礼参拝させていただこうという願いがなされなければ駄目なんです。ね。
今日も、久留米の石橋さんが参ってきてから、ね。御本部参拝さして頂くつもりで、旅費まで納めとったけれども、その翌日に親戚の方が亡くなって、参られなくなったと。先生が言われるように、「自分で参ろうち言うたっちゃ参られません」ちてこう言う。ね。この次からは抜けんごと、前々から、いっちょ、お願いしとかにゃならんち言うて、今日言ってます。お願い、そういう事をお願いしなければ、今度の御大祭にはもう、それこそ、自分一家だけじゃない、親戚だけじゃない、ね。隣近所の信心の知らない人たちにもです。ね。それこそ、ね。信心に連れはいらぬと仰せられるけれども、こういう時に、信心の有難さに触れてもらうということがです。神様へのお礼になるのじゃなかろうかと、私は思う。ね。お礼のお祭りに、私が、一軒から一人、私が参った、お前どん働きに行けと。そげな事では、一家を挙げての、私は大祭じゃなかと思うです。一家を挙げての大祭。一家を挙げてのお礼のお祭りであるならばです。ね。さあ、今日は、もう、お店のほうは休業と、そのくらいのことは出来にゃ、何時までたっても我情我慾は離れはせん。「そりばってんあーた、こげん忙しかつば、みすみす、こがしこ、今日一日開けときゃ儲かるとば、あーた、」そんな訳なてん何てん、そげなこつ言いよったら、何時まーっでん、我情我慾は離れませんです。ね。「そん代わり、儲けただけはお供えしますきん。」そげなこっじゃなかて。神様はお供えを願ってござるとじゃない。その我情我慾を取ることを願っておられるのである。ね。そういう、心積もりで、明日の前夜祭。明日一日、お弁当作りの御用も、また、二十日に奉仕させていただく、今度は、親先生が、平服参拝をなさいます。お体の具合で。で、私が、祭主を仕えて、若先生が、あー、おのりと、副祭主を仕えることになりました。先ほどから、あー、お祝詞を作らんならん。はー、もう、あーた、今まで、親先生、書いてやリよんなはったじゃろ。(はっ)だからもう、昨日行きましたら、もう、あの、この頃御大祭で、えー、金光様のお祝詞も聞かせて頂いてきたし、ね。ですからもう、その写しも頂いてきとりますから、まあ、家で、勝彦が、まあ、曲りなりにでも、あの、祝詞の作成はいたしましょうち言うてたら、ほんなら、そげん、まあ、稽古にすりゃ良かばってん、「あの通りどん書きなさんな、あの通り謳とうたら、金光様にならにゃんばの」ち言うちから、あー、本当に、まあ、あのままは言われません。まあ、あれは金光様のお言葉ですから。やっぱりどこまでも、私が、奏上する御祝詞ですからはね。まあ、それを見ながら、参考にしながら、あー、御祝詞を作ると。ほっで、えー、今日は、その御祝詞作りを、若先生がしよります。で、そのなかに、本当に合楽的な、本当に神様にお礼の言葉をないように込めさしていただいての、お祭りでなからなければならんと思うのですから、それを拝ませていただく、皆さんとても同じこと。ね。その、年に一回の春の御大祭に込められる、その、内容というものが、いよいよ、御大祭を、嫌が上にも、ね。賑やかだけではない、有難い御大祭として拝むことが出来るということになるのでございます。その有難くいただくということがね。有難い。本当に有難いのです。どうぞ、よろしくおかげを頂きますように。